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2017.04.13

先日、『ムーンライト』を観た。
今年の第89回アカデミー作品賞に選ばれたことで公開が1月程前倒しになり、公開規模も広がり、恐らくオスカーを取ることがなければ上映されることのなかった大スクリーンの中でこの映画を観れたことは非常に嬉しかった。
と言うのも、タイトルにある通り光を扱った映画でもあり、色調を徹底的に調整し、色彩を美しくすることに非常に拘った作品でもあるからこそ、この様な文学的で静かな映画だとしても大きなスクリーンに映える。
そして、Kendrick Lamarが『To Pimp A Butterfly』の冒頭にサンプリングした「Every N****r Is Star」が映画の始まりと共に流れたり、映画のストーリーがFrank Oceanの生い立ちと重なって見えること、そして音楽自体が物語の1つのピースとして出てくることからも、非常に音楽的な映画でもあるからこそ、大きな音が鳴らせる劇場ならではの体験になった。
物語は3幕構成になっており、幼少期、思春期、青年期とで主人公を演じる俳優が違っており、それぞれは決して似ているという訳ではないのだけれど、同じ瞳をしているという一点のみで同一人物だと説得力を持たせているという演出も凄みがあった。
とりわけ幼少期を演じたアレックスヒバートと今回アカデミー助演男優賞を受賞したマハーシャラアリとのやりとりは非常に美しく微笑ましいものであり、出演時間に対してのその存在感はまさに受賞に相応しいものだった(『007』ではあんなにエレガントなのに今作ではボロボロなナオミハリスも素晴らしかった)。
言葉数はそう多くないけれども、非常に美しい映像と語り口、そこに実在するかの様な人物描写、そして確かな筆力で描かれた生き様が非常に心に残る映画であった。
そして、Netflixの『13の理由』も観た。
例えば、伊集院光がラジオで「思春期にSNS的なものが無くて良かった」とよく言っているが、それが現実になっているのが今のティーンな訳で、そこに徹底的に欺瞞を入れずに描いているのがこのドラマだ。
いじめが原因で自殺した高校生の女の子が、遺書のようにして吹き込んだ7本のカセットテープを同じ学校の生徒に聴かせ、呪いのビデオの様に受け渡す事で様々な生徒を巻き込んでいく。
思春期ならではのグロテスクさや無邪気な残酷さがヒリヒリと描写されており、更にJoy DivisionThe Cureを筆頭とするポストパンクの曲が何曲も流れてくるのが、そこは非常にマッチしていてとてもクールな使い方だと思った(それにしてもNetflixのドラマは『スターウォーズ』やパンク、ニューウェイヴ的な音楽のネタが非常に多く出てくるので、70年代後半のカルチャーにとても愛情があるようで素敵だ)。
こちらもエンターテイメント作品という訳ではなく、例えば今年公開された映画『愚行録』の様にじっくり考える事もその鑑賞の内というか(その後味の引き方もどこか近い様に思える)、または去年『怒り』や『溺れるナイフ』を観て考えていた、酷い出来事に対して答えのない中で考え続けるという事の続きでもあったというか、明確な正しさが存在しない中で思考停止せず考えることを続けるきっかけを与えてくれるドラマだった(もちろん『ムーンライト』もそうだ)。
この2作品は多くの人が楽しめるような内容ではないとは思うのだけれど、示唆に富む作品だし、じっくり腰を据え観た後で自分の中で反芻し、様々な対話でもってこそ成立するような作品でもあり、少しでも多くの人にこの2作品が届けば良いなあと思います。

2017.04.08

何はともかくトムヒドルストンのスタイルがむちゃむちゃ良くってとにかく格好良く、そのままトムフォードのスーツを着て、アストンマーチンを乗りこなす姿、つまり『007』のジェームズボンド役の彼が観てみたいと思ってしまう位に、トムヒドルストンの立ち姿を楽しんだ(キングコングだって非常に男前だったけれども、流石に体にフィットしたスーツを着こなし、ウォッカマティーニをシェイクで注文する拘りはないだろうし、それが非常に様になりそうな程、今のトムヒドルストンは美しい)。
そして、ベトナム戦争と怪獣バトルを混ぜ合わせた今作の突き抜けっぷりと、エンドロール終了後のオマケ映像の素晴らしさは、今後『ゴジラ』シリーズらとも交わっていくこととなるモンスターバースシリーズそのものの期待をガツンと上げられた。
それにしても、『ダークナイト』トリロジーでお馴染みのレジェンダリーピクチャーズの最近のフィルモグラフィーは非常に素晴らしく、『パシフィックリム』を始めとし、ハリウッド版『ゴジラ』や『ジュラシックワールド』、そして今作『キングコング』という特撮怪獣物の王道を今の時代にアップデートするだけでなく、どれも成功しているのが凄いとしか言いようがない(更にはアメリカの西海岸におけるギャングスタラップの始まりを描いた『ストレイトアウタコンプトン』まで生み出しているのもグッとくる。このカルチャーへの愛情はマーベルシネマティックユニバースの映画や、ロックスターのゲーム、Netflix作品にも感じる)。
 
そして、昨日Netflixでは『ゲットダウン』のシーズン2が一気に配信された(ドラマ『SRサイタマノラッパー〜マイクの細道〜』と同時期に観れるのも非常に嬉しい)。
例えば90年代初頭に、マーティンスコセッシの『グッドフェローズ』のその編集リズムだったり、タランティーノの引用や脱構築がヒップホップ的だと言われてはいたが、ヒップホップの誕生から40年経ち、黄金期と言われる90年代も再評価される時期になり、今はそれ以上にポップカルチャー全体にヒップホップ的なサンプリングや引用が当たり前のものになっている気がするが、とはいえ、トラップ隆盛真っ只中の現在、ヒップホップではなくラップという言葉の方が強くなり、ヒップホップの歴史の連なりを知らないでも楽しんでいるリスナーも一方では多い中で、『ストレイトアウタコンプトン』や『ゲットダウン』を始めとして(Netflixでは更にはヒップホップのドキュメンタリー番組『ヒップホップエボリューション』があったり、ヒップホップの黎明期を描いたコミック『ヒップホップ家系図』や、1979年から2014年までその年の重要なアルバムを1枚ずつ取り上げた『ラップイヤーブック』といった書籍も同様だ)、東海岸と西海岸のヒップホップの原点を描いた作品がここ数年立て続けに生まれているのは偶然ではないだろう。
 
つまりはヒップホップもある程度蓄積があるからこそ、歴史を編集される段階になってきているのだなあと思っていたのだけれど、そういったことは最近読んだ『ラップは何を映しているか』に書かれていたことで非常に腑に落ちる感覚があった。
ただ、それだけではなく『ゲットダウン』の良いところは、ヒップホップをテーマにしていながらも、ディスコやパンク、カンフー映画に『スターウォーズ』、『ロッキー』、アメコミといったような様々なカルチャーがある70年代後半という時代をちゃんと切り取っているところだ。
ヒップホップに四台要素があるように、ラップだけではなくそこには色んなカルチャーの混ざり合い、いずれも尊重され、どれも主役になり得る多様性が非常にグッとくる。
 
この『ゲットダウン』を非常に大雑把に言えばヒップホップカルチャーの古典であるドキュメンタリー映画『ワイルドスタイル』の物語化、と言うよりも平行世界化と言うのが近しい気がするのだけれど、最近の自伝映画が必ずしも事実に忠実でなく、事実を基にした創作話が多かったり、村上春樹の『騎士団長殺し』や『ラ・ラ・ランド』、小沢健二の「流動体について」といった昨今のポップカルチャーのトレンドとも共振している様にも思えるのだけれど、それ以上に同Netflixのドラマ『ストレンジャーシングス』の様に、このメンバーをずっと観ていたいという気持ちにさせられる所が最高なのだ。

2017.03.28

先週の話。
山下達郎星野源の民放ラジオ101局特別番組を聴いた。
2人のラジオに対するスタンスやルーツが垣間見え、山下達郎が音楽を紹介する際に膨大な情報と解説を付けるのは、ラジオの原体験でそういったスタイルの放送を聴いていたことだというのに対し、トークと音楽、駄話を全て一つの番組内でやりたかったという星野源にはラジオそのものの多様性が現れており、対称的な二人の選曲がそれを物語るようであった(山下達郎がロックンロールの原体験としてYoung Rascalsを紹介したのに対し、星野源は笑える曲としてオマリーの「六甲おろし」を選曲していた)。
特に星野源のラジオ観というのが、例えばTVゲームの『グランドセフトオート』をプレイしているとアメリカにおけるラジオ文化というのは非常に細分化されており、音楽ジャンル毎にチャンネルが分けられていたり、トーク専門の局があり、その文化の違いに驚かされるのだけれども、イエローミュージックをキーワードとして活動している星野源のスタンスが色濃く出た結果が全部乗せなラジオな訳で、それがとてもイエローな感じがして、山下達郎が一貫性があると言っていることも非常に納得してしまった。
火曜日には『カルテット』が遂に最終回を迎えた。
本当にパセリの様なドラマだった。
人によっては全く必要としないパセリは、また人によっては彩りを与えるものになり、また人によっては煙たいものにすらなることもある。
しかし、パセリによって彩りをもたらされた唐揚げの様に、不可逆なものに彩りを与えることが生きがいになることもあり、僕にとっての『カルテット』はまさに彩りを与えてくれたものだった。
だからこそ、「サンキュー、パセリ」な訳で、人生にはパセリを添えていった方がみぞみぞするのではと思う。
そして坂元裕二脚本のドラマとしてもトップクラスのドラマだと思った。
最高の離婚』以来の出色の出来だと思うと共に、ここ5年個人的にも『あまちゃん』以来と言ってもよい程のめり込んだドラマであり、個人的なドラマを観る三大要素の坂元裕二宮藤官九郎満島ひかりが揃ったということも、最早偶然ではないかと思えるくらいに、生まれるべくして生まれた傑作ドラマであった。
 
そして、ペトロールズのトリビュート盤『Where, Who, What Is Petrolz?』を購入。
バンド結成数年後にリリースされたライブ会場限定200枚のみの販売だった初音源『仮免』やAmazonのみで販売していたライブ盤『Music Found By HDR HC-3』、初の全国流通盤となったミニアルバム『Problems』等は瞬く間に廃盤となり現在ではプレミア価格になっていたり、デビュー10年目にリリースされた1stアルバム『Renaissance』も三角形の特殊ジャケットで販売店泣かせだったりで、一筋縄ではいかないペトロールズの音源事情なのだけれども、本家がメジャーデビューするよりも早くメジャーからトリビュート盤がリリースされ、更にそこに参加しているミュージシャンの旬さと豪華さを鑑みるに、更にその一筋縄ではいかない感が強調されたような気もする笑
とはいえ、その豪華なメンツと10年の間に作られた名曲と更に新曲まで収録されている訳で、ペトロールズというバンドの凄さが、特にシティポップやアシッドジャズが再解釈されている今だからこそ、よりビビッドに見えてくる。
更に楽しみなのは、Corneliusの「あなたがいるなら」の作詞が坂本慎太郎だと発表されたことだ。
この二人の接点はゆらゆら帝国が世に認識されるきっかけや、Remix誌での対談、salyu x salyuでの共作等があるが、どれも非常に印象に残るものであったので、今回も非常に楽しみだ。
奇しくも今年リリースされた小沢健二のシングルCDが7インチのジャケットだったことと、Corneliusの7インチのアナログ盤でリリースされる点がシンクロしているように思えると共に、その形態の違いこそが二人の違いの様にも思う。
そして、TVではトカゲの尻尾切りという言葉が飛び交っていたので、『ダウンタウンのごっつええ感じ』の傑作コント「トカゲのおっさん」を何本も観た。
やはり、むちゃむちゃ面白く、そしてむちゃむちゃ哀しくもある。