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2017.04.08

何はともかくトムヒドルストンのスタイルがむちゃむちゃ良くってとにかく格好良く、そのままトムフォードのスーツを着て、アストンマーチンを乗りこなす姿、つまり『007』のジェームズボンド役の彼が観てみたいと思ってしまう位に、トムヒドルストンの立ち姿を楽しんだ(キングコングだって非常に男前だったけれども、流石に体にフィットしたスーツを着こなし、ウォッカマティーニをステアで注文する拘りはないだろうし、それが非常に様になりそうな程、今のトムヒドルストンは美しい)。
そして、ベトナム戦争と怪獣バトルを混ぜ合わせた今作の突き抜けっぷりと、エンドロール終了後のオマケ映像の素晴らしさは、今後『ゴジラ』シリーズらとも交わっていくこととなるモンスターバースシリーズそのものの期待をガツンと上げられた。
それにしても、『ダークナイト』トリロジーでお馴染みのレジェンダリーピクチャーズの最近のフィルモグラフィーは非常に素晴らしく、『パシフィックリム』を始めとし、ハリウッド版『ゴジラ』や『ジュラシックワールド』、そして今作『キングコング』という特撮怪獣物の王道を今の時代にアップデートするだけでなく、どれも成功しているのが凄いとしか言いようがない(更にはアメリカの西海岸におけるギャングスタラップの始まりを描いた『ストレイトアウタコンプトン』まで生み出しているのもグッとくる。このカルチャーへの愛情はマーベルシネマティックユニバースの映画や、ロックスターのゲーム、Netflix作品にも感じる)。
 
そして、昨日Netflixでは『ゲットダウン』のシーズン2が一気に配信された(ドラマ『SRサイタマノラッパー〜マイクの細道〜』と同時期に観れるのも非常に嬉しい)。
例えば90年代初頭に、マーティンスコセッシの『グッドフェローズ』のその編集リズムだったり、タランティーノの引用や脱構築がヒップホップ的だと言われてはいたが、ヒップホップの誕生から40年経ち、黄金期と言われる90年代も再評価される時期になり、今はそれ以上にポップカルチャー全体にヒップホップ的なサンプリングや引用が当たり前のものになっている気がするが、とはいえ、トラップ隆盛真っ只中の現在、ヒップホップではなくラップという言葉の方が強くなり、ヒップホップの歴史の連なりを知らないでも楽しんでいるリスナーも一方では多い中で、『ストレイトアウタコンプトン』や『ゲットダウン』を始めとして(Netflixでは更にはヒップホップのドキュメンタリー番組『ヒップホップエボリューション』があったり、ヒップホップの黎明期を描いたコミック『ヒップホップ家系図』や、1979年から2014年までその年の重要なアルバムを1枚ずつ取り上げた『ラップイヤーブック』といった書籍も同様だ)、東海岸と西海岸のヒップホップの原点を描いた作品がここ数年立て続けに生まれているのは偶然ではないだろう。
 
つまりはヒップホップもある程度蓄積があるからこそ、歴史を編集される段階になってきているのだなあと思っていたのだけれど、そういったことは最近読んだ『ラップは何を映しているか』に書かれていたことで非常に腑に落ちる感覚があった。
ただ、それだけではなく『ゲットダウン』の良いところは、ヒップホップをテーマにしていながらも、ディスコやパンク、カンフー映画に『スターウォーズ』、『ロッキー』、アメコミといったような様々なカルチャーがある70年代後半という時代をちゃんと切り取っているところだ。
ヒップホップに四台要素があるように、ラップだけではなくそこには色んなカルチャーの混ざり合い、いずれも尊重され、どれも主役になり得る多様性が非常にグッとくる。
 
この『ゲットダウン』を非常に大雑把に言えばヒップホップカルチャーの古典であるドキュメンタリー映画『ワイルドスタイル』の物語化、と言うよりも平行世界化と言うのが近しい気がするのだけれど、最近の自伝映画が必ずしも事実に忠実でなく、事実を基にした創作話が多かったり、村上春樹の『騎士団長殺し』や『ラ・ラ・ランド』、小沢健二の「流動体について」といった昨今のポップカルチャーのトレンドとも共振している様にも思えるのだけれど、それ以上に同Netflixのドラマ『ストレンジャーシングス』の様に、このメンバーをずっと観ていたいという気持ちにさせられる所が最高なのだ。